2015年4月6日月曜日

海外ボランティア体験談:夢に気がついた、8日間

228日から37日の8日間、暑い暑いカンボジアの地でボランティアとして地元の家族とともに家を建てる活動に参加した畠山遥香さんが、感想を送ってくれました。高校生の時から数えて4回目の建築活動は、これまでとは違った経験になったようです!

これまでのビルドの経験

私は高校生の頃から学校の活動でハビタットの海外ボランティアに参加していました。今まで行ったところはマレーシアのクチンに1回とタイのウドーンターニーに2回。その頃は社会貢献ではなく、ただ「学校の勉強から逃れて一週間友達とボランティアに行く」という軽い感覚でやっていました。毎回行くところは発展途上の地域で、お世辞にも綺麗とは言える場所ではないし、暑い中建設作業をやるのは体力的に辛いことではあったけど、私が何回も行きたいと思ったのはとにかく楽しくて嬉しくて勉強になる経験だったからです。現地の人たちと交流したり、新しい文化に触れて世界の知識をふやしたり、最後の日にほぼ完成した家を見て涙ぐむホームオーナーさんを見て感動したり、普通に生活しているだけじゃ絶対経験できない時間を過ごすことができる貴重な時間でした。

今回参加した理由

大学生になって初めての春休みに入る前、自分が過ごしてきた1年間を振り返る機会がありました。そこで自分のしてきたことが正しかったのか、本当に自分のしたかったことなのかじっくり考えたときに、なんでもいいから「人の役に立ちたいと」思いボランティアに参加することにしました。調べていたらたまたまハビタットを見つけて、高校のときにやったことがあるし活動内容もある程度知っているからこれにしようと思い参加することを決意しました。

今回の感想

今回印象に残ったことが三つあります。

 一つ目は子どもたちです。
今回私が家を建てた場所はバッタンバンの田舎の方にありました。そこでハビタットが建てる家は初めてらしく、村長さんや街の人々が集まってくれました。その中にはたくさんの子どももいて私たちを歓迎してくれました。この子たちは出会った瞬間から人見知りせず笑顔でやってきて、言葉も全く通じないのに遊んでー!!ってアピールしてくるのです。家を建てる作業は大変ですごく疲れているのに休憩の時間になるとそんなことどうでもよくなるくらいとびっきりの笑顔で癒してくれました。言っていることがわからなくても仲良くしてくれて膝の上に乗ってきてくれて警戒心なしに接してくれるのはうれしかったです。生活の水準は私たちよりはるかに低いはずなのにこんなにも幸せで、だからこそ気づくものがあるのだなと思いました。

もう一つは8日間一緒に過ごした参加者のみんなです。
私は、ビルドの参加自体は4回目といえども、ただ友達と旅行感覚で来ていた頃とは訳がちがい、初対面の人たちと8日間、何にも知らない土地で知らない人のために家を建てるということに出発の数日前から不安と緊張でいっぱいでした。友達できるかなとかどういう人が来るんだろうとか。けど全て無駄な心配でした。みんな優しくて目標を持って頑張っている人たちばかりですごく刺激になりました。毎日一緒に家を建てて、ご飯の時に色々深い話をして、みんなの考えを聞いていると自分も将来どうしたいか考え直そうと思うことができました。これからも会って話したいと思える人に出会えると思っていなかったのでみんなには本当に感謝です。

最後に家を建てることについて。
これは毎回感じることではあるのですが、最終日のホームオーナーさんの姿をみて人の人生を大きく変えることに携わる喜びを深く感じました。最後のお別れの時に涙ぐみながらありがとうと言ってもらえて本当に参加してよかったなと思いました。確かにボランティアに参加するだけで世界は変えられないし、自分は日本に戻りまた違う生活に戻るけれど、ハビタットでは一人(とその家族)のこれからの人生と生活を全く違うものに変えることができるのです。そして今回は周りにいた子供たちが大人になったとき、ある日本人のお兄さんお姉さんたちが家を建てにきたことを覚えていて、自分も日本や海外にいって人の役に立つことがしたいなど思っていただければ幸いだなと思います。

これからの夢


カンボジアに行ってボランティア活動をして、やっぱり私はこのような活動を将来もしていきたい、国際開発に関わる仕事がしたいなと気づくことができました。これからはどんな分野とか、自分の今勉強していることとどう繋げていくかとか、課題はたくさんありますがじっくり考えていきたいです。これからハビタットに参加するみなさんにいい経験をして、その経験を活かしていってもらいたいと思います。

2015年3月10日火曜日

東北スタッフ便り(その34):震災から5年目に向けて

こんにちは、東北事務所の大谷です。

震災後4度目の3月11日を迎えるにあたり、今回は、ハビタット・ジャパン東北支援現場担当としてのラスト・メッセージを送ります。

ご存じの方もいるかと思いますが、ハビタットの東北事務所がこの3月末で閉所することになりました。3月の活動を終えたあとは、東京本部や学生たちが引き続き、なんらかのかたちで東北に関わっていってくれることと思いますが、ハビタット・ジャパンとして現地スタッフを駐在させるかたちで支援を行うのは、震災から4年で一区切りとなります。

「被災地の復興は進んでいますか?」と県外の人などによく質問を受けることがあります。
「被災地」の「復興」というときに、その「被災地」とはどこなのか、あるいは「被災者」とは誰なのか、そして「復興」とはどんな状態のことなのか。

具体性のない安易な言葉はときに、現実の認識を誤らせます。

現場における支援活動は、その内容も、対象も、結果も、言い訳の余地がないほど具体的ですが、そもそも「復興」がすべての人に共通した概念でない以上、これまでの行いが確実に「復興」につながっているのかどうかは、3年間の現地駐在を終える今でも、はっきりとしたことはいえません。

しかしながら、ハビタットの東北駐在スタッフとして、幾千のボランティアや地元住民とともに建てたり修繕したりした家や施設は、具体的なものとして今もそこにあり、これからも利用されていくであろうという結果は、ハビタットの東北事務所が閉まったあとでも残り続けて、人々の生活を支えていくことになります。

災害支援における外部団体による支援は、緊急支援である以上、いつかはなんらかの区切りが訪れてしかるべきものですが、支援者が去ったとしても支援の結果が残り続けること、それが建築の持つ力です。

そして、建築が目に見えるかたちで残るものだとすれば、目に見えないかたちで残り続けるものが、教育ではないでしょうか。ボランティアとともに活動し、現状を伝え、支援活動についての理解を少しでも深めてもらう、そのほんの数日間の活動機会を提供することを教育、と呼ぶのはおこがましいですが、ボランティア活動のもっとも大きな意義は「ほかの誰でもなく、その人自身が、現場で行い、体験すること」だと思っています。「遠方にお金を使ってボランティアに行くのなら、そのお金を寄付したほうがはるかに支援になる」というようなことを言う人がよくいますが、単に現地に行ってその時の活動や体験で終わりであれば、その言葉はある意味、正しいかもしれません。ボランティアに参加することでその体験を伝え、広め、あるいは深め、また次の活動につなげていくきっかけにできるのなら、ボランティアをすることの価値はほぼ無限に、その人次第で高めていくことができます。これまで一緒に活動してきた幾千のボランティアの中から、ひとりでも多くそのような人が出てきてほしい、という思いで、これまで活動してきました。

ハビタットの東北支援にとっては、ここがひとつの大きな区切りではありますが、東北にはもう支援が必要ない、ということではまったくないですし、自分が生まれた地でもあるので、個人的にも関わり続けることになると思っています。また、東北だけでなく、日本のほかの地域や、世界中にも、災害や貧困や暴力や、本人ではどうすることもできない不運に苦しんでいる人たちがたくさんいます。幸運なことに、日本という世界でも有数の豊かで、自由な国にうまれ暮らしていく中で、自分をとりまく物事に対してどのように振舞い、また、何ができるのか。

「おそらく世界を救うことはもうできないが、個々の人間ならいつでも救うことができる」


とある詩人の言葉ですが、とくに国際支援に携わろうとする人が安易に口走りがちな「世界を救う」という漠然とした理想は、とどのつまり、具体的な個々の人間を救い続けることでしか成しえないのでしょう。「平和な日本」の中でさえ悲惨な現実には事欠かないように、個々の人間が救われないままで「世界が救われる」ことがあるとすれば、それは単に誤った認識でしかないですし、そのような誤った認識を抱かない唯一の方法は、この世界で起こっている現実から目をそむけずに、現場で具体的な物事に触れ続けることにほかなりません。

お世話になったみなさん、ありがとうございました!

2015年2月3日火曜日

【国内ボランティア体験談】たくさんの出会いに感謝!(第二弾)

関西学院大学上ヶ原ハビタットの皆さんが、大船渡に訪れた際の感想を送ってくれました。第二弾は、田中さんと吉田さんの声を紹介します
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田中寛子

1030日から3日間ほど、宮城県松島と岩手県大船渡へ行ってきました!


今回の派遣で、私が1番深く感じることが出来たのは、"ボランティアの輪の繋がり、広がりの素敵さ"だと思います。活動内容としては、1日カリタスジャパンという団体の方々と一緒に活動させていただき、次の日には、ハビタットの協力で"セルフビルド"をしている守正さんのお家で、掃除や看板作り、火災報知器の取り付けなどを手伝わさせていただきました。

カリタスジャパンのオフィスには、毎日働く方やシスターさんの他に、関東や関西、いろんな場所からボランティアの方々がやってくるそうです。その日限りのボランティアの人もカリタスジャパンの一員として、1日の始まりのMT、終わりのMTまで全員で行う。そんな、周りとの繋がりを大切にした団体はとても素敵だと思うし、暖かさでいっぱいでした!

守正さんのお家は、家に入った玄関先から、今まで来た沢山の人たちのメッセージや写真で溢れていて、素直に感動しました。ボランティアの方々が守正さんへ作ったアルバムなども見せてもらい、ここは、訪れた人皆の想いが一つになった家なんだと感じました。自分もハビタットのメンバーの1人として、守正さんのセルフビルドに関われたことにとても嬉しく思います。必ず機会を作って、また訪れたいです。

また、カリタスのオフィスの方に、在宅訪問の付き添いをさせて頂く機会があったのですが、その際に「ここで得た知識や感じたことや思い出を、関西に戻ったら、みんなに伝えてあげてね」と言われました。東日本大震災を経験した人は、200年後には誰もいなくなってしまう。被災地として東北を見ることは違うと思うけど、東日本大震災があったという事実・その被害は、決して忘れられるものではないし、忘れてはいけないものだと思いました。

今回の活動を、「行って終わり」ではなくて、そこから周りの人に伝えて、周りの人とも、自分の中でも、次に繋げられるものにしたいです。今回の活動でお世話になったすべての方、出会えた方すべての方々に感謝の気持ちでいっぱいです。大船渡も、松島も、また必ず行きたいです。必ず行きます!ありがとうございました。

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吉田直樹

僕は今回の派遣で初めて東北地方へ訪れました。東北は食べ物もおいしいし、景色もいいし、そしてそこに住む人たちもとても優しく、活気に溢れていて、住むにしても観光地としても本当に素晴らしいところだなと感じました。ですが、やはり町のところどころには津波による被害の跡が残っていました。バスの移動中には辺り一面建物が1つもなく、盛り土と荒れ地だけが広がっている景色も目にしました。津波による被害の話は聞いていたけど、被害の規模が想像以上に大きすぎて、これが津波による被害であると信じることができませんでした。

東北に住む人々もそれぞれにつらい背景を抱えている人が大多数だと思います。それでも、みんな復興に向けて前向きに頑張っていて、その姿からに心動かされました。それに対して、僕自身ができることは何だろうか?ということには深く悩まされました。現在、東北は瓦礫撤去等はほぼ完了しているものの、まだまだ多くの人が今も仮設住宅で暮らしており、それに伴うコミュニティの崩壊による孤独死なども問題視されています。僕の力ではこのような問題を解決することはできません。できることと言えば細かいニーズに応えていくことですが、それも今回は僕らが何かしてもらうような活動ばかりで本当に東北の人たちの力になれたのか心配です。それでも、現地の人たちは来てくれるだけでも嬉しい、と言ってくれました。僕自身も楽しんで、それで現地の人たちが喜んでくれるならまた東北へいきたいなと思いました。

そして、僕にできるもうひとつのことは周囲に伝える、ということだと思います。僕が東北の良さ、現状、現地の人たちの声を伝えることで東北に興味をもち、そして訪れてくれたなら東北の復興の助けになることが出来るのではないかと思います。最後になりましたが、東北派遣の3日間は感じることや学ぶことの多い充実した時間を過ごすことができました。
それも、メンバーのみんなはもちろん、優しい現地の人たち助けのおかげです。感謝してもしきれません。本当にありがとうございました。


2015年1月27日火曜日

【国内ボランティア体験談】たくさんの出会いに感謝!(第一弾)

関西学院大学上ヶ原ハビタットの皆さんが、大船渡に訪れた際の感想を送ってくれました。第一弾は、野呂さん、木下さん、そして東矢さんの声を紹介します
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野呂瀬智之さん

僕は大船渡に訪れるのは2回目でした。前回訪れたのは2013年8月で、その時は津波の被害にあった地域や仮設住宅を回らせていただき、津波の恐ろしさと被害の甚大さを感じるのみで派遣は終了しました。 しかし、今回の派遣では復興に向かい様々な試みをしている人々と出会い、大船渡の復興への活力を多く感じることができました。

セルフビルド住宅が完成し、楽しそうに引越しの準備をするホームオーナーさん。潮目をどこまでも進化させる和一良さん。コミュニティの中で長期的な支援を続けるカリタスジャパンの皆様。復興屋台村で下世話なネタで一緒に盛り上がった市役所の人。大船渡でおおふなとんに続くゆるキャラサンマクロースのプロデュースに携わる若手宣教師。仮設商店街を盛り上げようと努力する地域の人々。様々なNPOを取り仕切るゲストハウスのおじさん。

このように様々な人々と今回の派遣で出会いましたが、みんなに共通しているのは自分の住む地域を愛しているということです。確かに、震災から三年半経っていても仮設住宅に住んでいる方々もたくさんいて正直、復興にはまだまだ時間がかかるなと思いました。しかし、様々な人が復興に向かって努力している姿を目にして、これからの大船渡の将来を見つめていきたいと個人的に思いました。僕は関西に住んでいて、大船渡まで行くのに相当な時間がかかります。それでも、今回の派遣で出会った人々が今後どのように大船渡を変えていくのかをこの目で確かめたいと強く思いました。また、行かせてもらいます。その時はよろしくお願いします!

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木下真さん

今回の派遣は、本当にたくさんの人たちと関わることができた活動でした。カリタスジャパンや地元の人々とのバレーボール、セルフビルドなど、大船渡を訪れるのは2度目でしたが、以前よりも更に地元の人々と交流できて本当によかったです。また前回私が携わらせて頂いたツリーハウスも、完成した姿を見ることができ、自分たちの活動の結果が形となっていることが嬉しかったです。そして何より今回も一番印象的なのは、地元の人々の温かさです。私は震災復興支援の活動に携わる度に思うのですが、自分たちが何かを与える以上に、地域の方に多くのものをいつも頂いているのではないでしょうか。それほどに大船渡の人々は温かく、優しい方がたくさんいます。私が震災復興支援を抜きにしても大船渡を何度も訪れたいと思う理由もここにあります。訪れる度に、たくさんの出会いがあり、そして元気をもらえる。本当に素晴らしい場所です。

実際の所、復興にはまだまだ課題が多く、今後も多くの支援が必要なのだと強く感じましたが 、復興へと向かおうとする地域の方々の強いエネルギーも同時に感じました。私はこれからも自分自身にできることを全力で行いたいと思います。そしてまた必ず大船渡を訪れますので、これからもよろしくお願いします!そして今回の活動に関わって頂いた全ての方に、ありがとうございました!

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東矢えれな

東北を観光地に。今回は、そんな思いで臨んだ東北派遣だった。思い返せば今年の2月、ようやく重い腰を上げ、初めて東北の地へと向かった。同行したメンバーが語る、3年前との変化というのを感じることができなかった反面、これからでも私にできることを探した。語り部さんが自身の体験を語ってくれた時、彼女が最後に私たちに訴えたのは、「ここはもう被災地ではない。東北に友達と遊びに来て、たくさんの人とまた訪れて」ということだった。私は今回の派遣を通して、松島の絶景や塩釜での新鮮な海の幸、そして地元に誇りを持つ温かく気さくな現地の人々など、東北のいい所をたくさん見つけることができた。実際、今の東北の現状において私たち学生ができることは少ない。そんな状況において、現地の人々が前回も今回も言っていたのは、東北に人を流して欲しいということ。惨状を忘れることなく、同時に東北ならではの魅力、本来の魅力、新たに生まれた魅力を多くの人に知ってもらえるよう活動していきたいと強く思った。

2015年1月15日木曜日

命と向き合った10年間

こんにちは。ハビタット・ジャパンでユースプログラムを担当している田中です。

皆さんは年末年始、どのように過ごしましたか?今日は私のまわりで起きた年末の出来事をひとつ紹介させてください。

私はホームレス生活をしている方々の生活支援を学生時代から個人的に行っています。東京都の郊外に実家があるのですが、実家周辺は都心とは違い、支援団体による炊き出しなどがほとんどありません。ある人との出会いから、近隣の生きる事も大変な人々の存在に気づいた事が、私が野宿生活者への支援活動を始めたきっかけでした。

活動を始めるにあたって、野宿をしている人はどんな人なのかを知ろうと、近所の河川敷のブルーシートで出来たテントを、大学の友達と訪問したことがハセさん(仮名)との出会いでした。ハセさんはとても知的な人で、とくに政治に関心があり、会うたびに、今の日本はこうなるべきだと意見を語ってくれました。ラジオでニュースを聞く事や本を読むことが大好きで、いつも読み終わった本を差し入れに行っていました。時には食べ物よりも本を優先するような人でした。

人を傷つける事にとても敏感な人で、10年間の付き合いの中で、ハセさんと話していて一度も嫌な思いをしたことはありません。

10年間、本当にいろいろな出来事がありました。命と向き合った10年間でした。

一度だけハセさんから電話がかかってきた事がありました。台風で川が氾濫し、すべてを流されてしまったので助けてほしいという電話でした。

生活保護を申請したらどうかと何度も提案しましたが、アパートには住みたいけれど、施設に入るのも嫌だし、役所との関係や、家族に連絡が行ってしまうことも嫌だからと、断り続けていました。

今考えると、あの時にもう少し強く説得していればと後悔しています。

多い時は毎週通ってイロイロ教えてもらっていましたが、私が結婚して横浜に暮らすようになってから訪問するのが月一回になり、そして隔月になり、少しずつ行ける頻度が減ってしまいました。

そして、201412月、年末の挨拶をしに、2ヶ月ぶりくらいに河川敷に訪れると、ハセさんは亡くなっていました。いつもいる場所で工事が行われていた為、屋根のない場所に移動していたテントから、ハセさんの裸足の足だけが出ていていました。後から警察の方に、死後1ヶ月以上経っていたと教えてもらいました。衰弱死の可能性が高いようです。

最後にハセさんに会ったとき、私は妻とまだ1歳になったばかりの娘を連れて行きました。遠慮しているようで私の娘を撫でたり、抱っこしたりはしませんでしたが、少し離れたところから優しくあやしてくれました。
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今年に入って、政府は生活保護のうち家賃に充てられる「住宅扶助」について来年度から引き下げ、2017年度には今年度と比べ約190億円減額すると発表しました。また、東北被災地においては、現在も避難生活中の方が24万人もいます。

今月の17日に震災から20年を迎える阪神淡路大震災の被災者の方々も、未だ多く人が災害復興住宅に暮らし、住まいを失った事で人との繋がりも失ってしまった1人暮らしの入居者が、誰にもみとられずに亡くなった「独居死」が、昨年2014年の1年間で40人だったことが先日報道されました。

衣食住という言葉がありますが、住まいの問題、そして住まいの重要性はもっともっと日本社会の中で認知されていく必要があると思います。ハセさんにしても、きちんとした住まいがあれば年末の総選挙にも行きたかっただろうし、もしかしたら仕事の面接にも行ったかもしれない。少なくとも、真冬の寒空の下で、裸足で亡くなる事はなかったと思います。住まいは、食べ物や衣類と一緒で誰もが最低限のものは保障されるべきものだと私は思っています。

そしてもう少し視野を広げてみると、世界には16億人の貧しい住環境に暮らす人々がいて、そのうち約半数は私達が暮らすアジアの人々だと言われています。ここで言う貧しい住環境というのは、私達が想像するよりずっと貧しく、ひどいものです。きちんとした住まいは天候や自然災害、感染症、犯罪、害虫などから人を守り、休息、安心、安全、そして人との繋がりを与えてくれます。

新年を迎え、今年も、世界で一人でも多くの人が暖かな家で年末を迎えられると良いなと思います。是非みなさんと一緒に、住まいとコミュニティの大切さを社会に訴えかけていきたいと思いますので、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

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