2014年9月16日火曜日

【東北スタディツアー】大船渡、陸前高田スタディツアー感想


8月9日に、大船渡、陸前高田スタディツアーに、関西学院大学の学生支部Eco-Habitatのメンバーが参加しました。東北の今を目にした観想を、二人が語ってくれました。

高山健祐くん

はじめに訪れた屋台村には、様々な屋台がありました。食事をしながら現地の人のお話を聞くことが出来、貴重な体験をしました。陸前高田の一本松は有名なので写真などで見たことはありましたが実際に実物を見ると、本当に一本だけがまっすぐと立っていて「白砂青松」と詠われた当時の状態を想像すると少しさみしい気持ちになりました。また、松の手前のユースホステルの惨状をみて当時の波の威力を想像し、寒気がしました。

箱根山の展望台では小友という海と海に挟まれた田園地域の説明をしていただきました。この地域では当時左右から13㍍の津波が押し寄せ高い水柱が上がったそうです。波が引いたあと家のがれきや泥などが田んぼに残り莫大な被害を受けた地域だったそうですが、今年震災から4年目にして初めて田植えを行うことができこの地域の人はとても喜んでいるという話を聞いて、少しずつではあっても着実に復興にむけて進んでいるんだなと感じ、嬉しく思いました。

今日スタディーツアーに参加して、現地の人と関わることができ被災された方々全員が私達の想像を絶する辛い経験をされているのにも関わらず、どのかたも親切に、時には涙を流しながら話してくださるのをみて、人の優しさと強さを感じました。

今回のスタディーツアーに参加できて、本当に良かったです。


進藤亜美さん

今回私たちは、スタディツアーに参加させて頂きました。

最も印象に残ったのは、実際に体験をしたお母さん方がガイドをしてくれたお話でした。

私は、今回が東北を訪れるのが初めてでした。その地域では、昔から、「地震が来たら津波が来るので、高台へ逃げろ!」という言葉を教えられて育ったそうです。しかし、実際に地震があると、普段当たり前だと思っていたことをすっかり忘れてしまい、逃げることよりも他のことを考えてしまい、津波の迫る一歩手前で間一髪で助かったということでした。そのお話を聞き、素直に周りの方の助言を聞くことは大切なんだな、と思いました。

震災後、行政の決定で、ガイドさんの家は取り壊されることになったそうです。その解体を見ることは、生身をえぐられるような想いで、本当に辛く、最後まで見ずに帰って来てしまったとそうです。その後、落ち込んだままじゃいけないと、今回のガイドに参加しました。

地震の津波により友人や近隣住民の方を亡くされた悔しさや悲しみ、今まで暮らしてきた自分の家までもを奪われる気持ちは、経験していない私には想像を絶します。私たちができることは、こうして現地を訪れ、語り部さんの話を聞き、実態を一人でも多くの人に伝え、この街を共にいろんな視点から元気づけていくことだと思います。

最後に、ガイドさんが「あなたたちのような若い人たちが頑張って盛り上げていくのが楽しみです!お願いね。」と言われ、ずっと元気で明るく笑顔を絶やさないでお話して下さったお母さん方のためにも自分の出来ることをぜんぶしたいと強く感じました。


今回のスタディーツアーに参加させて頂き、本当にありがとうございました。

2014年9月10日水曜日

事務局:タイの家族と家を建てよう! ~徳地 in チェンマイ~

皆さまこんにちは、大船渡にいました徳地です。ご無沙汰しております!
この度、徳地は初めてグローバルビレッジプログラムに同行させて頂きました。海外での建築活動について、リポートします。

徳地がやってきたのはタイのチェンマイ。一般参加者により結成される毎年恒例ジャパン・ホープ・ビルダーズによる建築活動に同行するためです。日程は移動を含めて1週間。その期間中に、5日間のワーク、1日の観光、そして小学校訪問が詰まった、盛りだくさんな内容でした。

今回参加してくれたのは、忘れもしない学生と社会人の混合チーム17人。年齢も職業も違う方々ですが、特に建築活動が始まり、バケツリレーなど、チームワークが必要不可欠な作業を経験したあとは、昔ながらの友達かのように打ち解けていました。



寡黙でシャイなホームパートナーのプイさん(妻)とカエさん(夫)は、言葉の壁もあって、最初は食事もボランティアさんと離れて取っていましたが、ボランティアさんの誘いをきっかけに、ハビタットタイのスタッフの通訳とボディーランゲージを通しての交流が始まりました。プイさんご夫妻の顔が、時間と共に緊張した顔から笑顔が絶えない顔に変化していきました。最後の日カメラを片手に、ちょっと寂しそうに皆さんの写真をいっぱいとっていたプイさんがとても印象的でした。


柱と屋根しかなかったところに壁と床ができ、浄化槽が入りました。最後の日にデディケーションセレモニーを行いました。そこでは、ボランティアからプイさん夫妻へ、千羽鶴、メッセージが書かれたTシャツ、集合写真が入ったフォトフレームなどがプレゼントされました。

ボランティア最年長、頼れるリーダー格のミツナガさんは、完成式のスピーチをしてくれました。携帯電話にメモしたカンペをみながら、一生懸命英語でジョークを交えながら気持ちを伝えました。「カエさんと一緒に浄化槽を掘りました。もし不具合があれば、僕に電話してください、いつでも帰ってきます。」旦那さんのカエさんは、形を現した新しい「ホーム」を前に、声を詰まらせた場面もありましたが、このミツナガさん渾身のジョークには思わず歯を見せて笑いました。



徳地は大船渡にいたころに色んなプロジェクトに関わらせて頂いたため、ないところから何かが出来る様子、「家」が人に与える感動、我が家の建築が関わった本人たちの自信になっていくことなどは、何度も経験してきました。それでも、屋根と柱しかないところにボランティアが来て、ホームパートナーさんと一緒に壁や床を作っていき、最後には何も無かった所に「家」が現れる素晴らしさ、そしてその感動が薄れることはありません。


中々感情を表にあらわさないタイの田舎の人々と今回の日本からのボランティアさんの交流は、徳地に遠く大船渡の方たちを思い出させました。誰かのために何かをする、その気持ちを持ちながらも、対等に、一緒に作業して、作り上げる。その尊さと素晴らしさは、万国共通なのかもしれません。



プイさん夫妻の人生の転換の場に居合わせることを可能にしてくれた、ハビタット・タイの現地スタッフたち、ボランティアのみなさま、多大なる歓迎と協力を頂いた村のリーダーや人々、そして誰よりも、プイさん夫妻に感謝申し上げたいと思います。


ありがとうございました!